東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1010号 判決
控訴代理人は、「原判決を取り消す。原判決添附の別紙<省略>第一目録記載の土地が、控訴人の所有であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し右土地について東京法務局府中出張所昭和二十六年八月四日受付第三七二二号を以つてなした昭和二十三年十一月二十九日調停による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人は控訴人に対し本件当事者間の武蔵野簡易裁判所昭和二十三年(ユ)第八一号土地賃貸借契約締結調停事件の調停調書第四項に基ずき原判決添附の第一目録記載の土地をその地上に存する右目録記載の建物を収去して明け渡す義務のあることを確認する。被控訴人は控訴人に対し昭和二十四年十二月二日以降右明渡済に至るまで右土地につき一ケ月一坪金二十五円の割合による金額を支払え。訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、認否、援用は、控訴代理人において、「(一)本件調停条項第四項にいわゆる「二回以上」とあるは二回を含む趣旨であり「当然解除」とあるは停止条件附解除の意思表示の意味である。したがつて本件売買契約は被控訴人が昭和二十四年九月二十八日までに支払うべき同年九月分割賦金五千五百円及び同年十月二十八日までに支払うべき同年十月分割賦金五千五百円の支払を怠つたと同時に何ら意思表示をもちいず当然解除となつたものである。もし「二回以上」が二回を含まないときは被控訴人は同年十一月二十八日までに支払うべき同年十一月分割賦金五千五百円の支払もなさなかつたのであるから、そのとき当然解除となつたものである。(二)被控訴人が昭和二十四年十二月二日控訴人に対し小切手を提供したことは否認する。被控訴人が右提供をなしたのは同年十二月三日であり、しかもその時は金額を記載しない小切手用紙を示したのに止まる。(三)被控訴人は従前控訴人との間に土地賃貸借継続中においてもしばしば賃料の延滞をなす等の不信行為ありたるを以て、控訴人はもはや被控訴人を信用することができず、本件売買契約を解除したのであつて、これを目して権利の濫用となすのはあたらない。」と陳述し、<立証省略>被控訴代理人において、(一)本件調停条項第四項にいわゆる「二回以上」は二回を含み、「当然解除」とあるは単に解除権を行使しうる趣旨である。(二)被控訴人が控訴人に対し小切手を提供したのは昭和二十四年十二月二日のことであり、被控訴人は従前から控訴人に対し地代その他本件売買代金の頭金割賦金等を小切手を以て支払い、控訴人は異議なく受領していたばかりでなく、被控訴人は右提供当時支払人である株式会社富士銀行小金井支店に対し金四万五千四百五十八円九十九銭の当座預金を有し、裕に右小切手金の支払をなすに足る資金があつたのであるから右小切手の提供は現金に代るものとして有効である。もつとも右提供当時小切手金額の記入のなかつたことは認めるが、それは支払が数日おくれた関係もあり、その損害金を含め、控訴人にきいて適当な金額を記入するためであつて、それがため小切手の提供にならないというのはあたらない。(三)従前被控訴人に控訴人主張のような不信行為のあつた事実は否認する。」とのべ<立証省略>た外、いずれも原判決の事実摘示と同一(但し、原判決中「甲第十二号証の一、二を提出し」とあるのは「甲第十二号証の一、二、三を提出し」の誤記であり、「証人小柳キチ」とあるのは「証人小柳キイ」の誤記であり、又「乙第十号証の一、二」とあるのは「乙第十号証」の誤記である。)であるから、ここにこれを引用する。
三、理 由
昭和二十三年十一月二十九日武蔵野簡易裁判所において控訴人と被控訴人との間に控訴人主張のような条項の調停が成立したこと、同二十六年八月一日同裁判所において、右調停調書中売買の目的物である土地の表示につき明白な誤謬があつたものとして、もと原判決添附の別紙第二目録のように記載されていたのを現況土地目録とし、さらにこれに追加して登記簿上土地目録として原判決添附の別紙第一目録(但し上ノ原なる記載を除く)のように記載した更正決定がなされたこと並びに被控訴人が右更正決定後の調停調書正本に執行文の付与を受け、同年八月四日これに基き右第一目録記載の土地につき控訴人主張のような所有権取得登記を経由したことは、当事者間に争のないところである。
ところで、控訴人は、右調停による所有権の取得を争い、右調停調書記載の売買契約は、被控訴人が昭和二十四年九月二十八日までに支払うべき同年九月分の割賦金五千五百円及び同年十月二十八日までに支払うべき同年十月分の割賦金五千五百円の支払をなさなかつたため、調停条項第四項により同年十月二十八日の経過とともに当然解除となつたか、少くとも同年十一月二十八日までに支払うべき同年十一月分の割賦金五千五百円の支払をなさなかつたことにより、同年十一月二十八日の経過とともに当然解除となつたものであり、仮に右調停条項第四項が停止条件附解除の特約でなかつたとしても、控訴人は同年十二月二日被控訴人に対し右売買契約解除の意思表示をしたので、被控訴人はもはや右調停により右土地の所有権を取得するに由なく、右土地の所有権は依然として控訴人に存すると主張する。そして被控訴人が昭和二十四年九月分十月分十一月分の約定割賦金を期日までに支払わなかつたこと並びに控訴人が同年十二月二日被控訴人に対し右調停調書記載の売買契約解除の意思表示をなしたことは、被控訴人の認めるところである。しかしながら、右調停条項第四項の趣旨が停止条件附解除の特約であるか又は解除権の留保であるかは、徒らに文字の末にこだわることなく、調停成立にいたるまでの経過、他の調停条項との関連、その他諸般の事情を斟酌し、当事者の意思を忖度してこれを認定するを相当とするところ、成立に争ない乙第八号証、甲第一号証の一、並びに原審における被告(被控訴人)本人の供述によれば、被控訴人はかねて控訴人から本件売買の目的たる三口の土地(前示第二目録記載の土地)を借り受け、右地上に建物(前示第一目録の建物)を所有していたところ、右賃貸借に関し当事者間に紛争が生じたので、被控訴人は、昭和二十三年八月十三日控訴人を相手方として賃貸借締結調停の申立を武蔵野簡易裁判所になし、右調停事件において、双方互譲の結果、右第四項を含む前段認定のような調停の成立を見るにいたつた事実を認めうべく、右事実と被控訴人が建物の買取請求権を放棄したこと、(調停条項第二項)及び前記土地売買契約解除の場合、被控訴人は直ちに右建物その他の地上物件を収去して右土地を明け渡す旨を約したこと、(同第四項後段)を考え合わすときは、被控訴人が約定の割賦金の支払を二回以上怠つたときは本件売買契約は当然解除となるというような酷苛な約旨を承諾したものとは到底認めることができず、他面控訴人においても被控訴人の支払遅滞にかかわらず本件売買契約を解除しないでなお存続せしめるを利とする場合もあるべく、右第四項には「当然解除」とあるけれども、これにこだわることなく、当事者の意思は、被控訴人が約定の割賦金の支払を二回以上怠つたときは、別段の催告をすることなく、控訴人は本件売買契約を解除することができる趣旨であると解するのが相当であつて、又かく解してこそ衡平妥当なる約款であるということができるのであろう。現に原審における被告(被控訴人)本人の供述並びに成立に争ない甲第二号証の一によれば、当事者双方共右第四項の趣旨を解除権留保の意味に理解していたことがうかがわれるのである。右認定に反する原審並びに当審における控訴人(原告)本人の供述は信用することができず、これをおいて他に右第四項の趣旨が停止条件附解除の特約であることを認めるに足る証拠はない。されば右第四項にいわゆる「二回以上」が二回を含むか否かにかかわりなく、右第四項の趣旨が停止条件附解除の特約であることを前提とする控訴人の主張は理由がない。又、原審における被告(被控訴人)本人の供述並びに右供述によりその成立を認めうべき乙第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一ないし三、成立に争ない乙第五号証及び原審証人浦和サク、八並達雄の証言を綜合すれば、被控訴人は昭和二十四年十二月二日早朝、控訴人から前示売買契約解除の意思表示の到達前、従来割賦金の支払は殆んど全部小切手によつてなされていたため、延滞していた同年九月から十一月までの割賦金を小切手で支払うべく、控訴人の請求額を確めた上金額を記入するつもりで株式会社富士銀行小金井支店発行の合名会社浦和食糧研究所(その代表社員は被控訴人である。)名義の当座小切手手帳を持参して控訴人方に赴き、右延滞割賦金を小切手で受領せられんことを懇請したところ、控訴人は、既に契約解除通知の内容証明郵便を用意していることを理由としてその受領を拒んだこと、そこで被控訴人は、弁護士八並達雄に相談の上、翌三日現金を持参してその受領を求めたところ、控訴人はあくまでこれを拒んだので、被控訴人は、同年十二月五日止むなく右金一万六千五百円を弁済のため供託したこと及び同年十二月二日当時浦和食糧研究所の富士銀行小金井支店における当座預金の額は金四万五千四百五十八円九十九銭であつたこを認めることができる。右認定に反する原審並びに当審における控訴人(原告)の供述原審証人小柳キイ、小柳実、当審証人小柳実の証言及び甲第十六号証の記載内容は信用できない。控訴人は仮にこのような提供があつたとしても、これは弁済の提供にはならない、と主張するのであるが、右認定のように、支払の確実な小切手であり、かつ従前から控訴人は小切手による割賦金の支払を異議なく受領していたことから考えれば、かかる小切手の提供は現金の提供と同一視すべく、控訴人において受領の意思があれば当然小切手金額は書き入れられる筈であつたから、このことはさまでとがめるにあたらず、翌日現金を提供したこととあいまつて、適法な弁済の提供があつたものと認めるを相当とすべく、従つて控訴人において受領遅滞にあり、前記解除の意思表示はその効力を生ずるに至らなかつたものと認むべきである。よつて右解除の意思表示により本件売買契約は解除されたとの控訴人の主張は理由なしとして排斥する。
ところで、前示調停条項第三項(ハ)によれば、被控訴人が本件売買代金の支払を完了したときは、控訴人は直ちにその目的たる土地所有権を被控訴人に移転し、これが登記手続を為す約であつたところ、被控訴人が右売買代金のうち昭和二十四年二月二十日限り支払うべき金二十万四千八百九十四円及び同年八月分までの約定割賦金の支払を了したことは控訴人の明らかに争わないところであるのでこれを自白したものとみなすべく、同年九、十、十一月分の割賦金を適法に弁済供託したことは前認定のとおり、でありその余の代金については、被控訴人主張の日時その主張のように弁済供託したことは、成立に争ない乙第五号証、原審における被告(被控訴人)本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。この点につき、控訴人は、(イ)供託にさきだち弁済の提供がなかつたので供託は無効であり、(ロ)割賦金に関する期限の利益は控訴人のためにも存するのであつて、被控訴人が一方的に放棄しうるものでない、と主張するのであるが、前記認定のように、控訴人において弁済を受領する意思のないことを明らかにしたからには、その後重ねて弁済の提供をする必要なく、被控訴人は直ちに供託をすることができるものと解すべきが故に、右各供託は適法であり、又、割賦金の支払に関する期限の利益は一応債務者である被控訴人にあたるものと推定すべく、本件において右期限が控訴人の利益のためにも存するものと認むべき何らの事情も証拠もないから、右控訴人の主張はいずれも採用しない。
次に控訴人は、前示更正決定による本件売買の目的たる土地の表示の更正は不当であつて、右更正決定記載の土地は更正前の調停調書記載の土地とは全然相違し、控訴人は右につき売買の合意をしたことなく、仮に合意したとしてもその合意は要素の錯誤により無効である、と主張する。しかしながら、当審における控訴人本人の供述によれば、控訴人が本件調停において、ともかくも更正前の調停調書記載の土地(すなわち原判決添附別紙第二目録記載の土地)につき売買の合意をなしたことは、控訴人の否定しないところであつて、仔細に成立に争ない甲第一号証の一、二につき更正前の土地の表示と更正後の土地の表示とを比較対照するに、更正後の土地の表示は更正前の土地の表示を現況土地目録としこれに追加して登記簿上土地目録として原判決添附の別紙第一目録記載(但し上の原なる記載を除く。)のように記載したものであり、両者、地目坪数畝歩は多少異なるも、地番は同一なる事実を認めるに足るべく、又本件売買の目的たる土地は現況宅地であつて登記簿上まだ地目変換手続のなされてないことは控訴人の争わないところであるので、右調停調書による登記をなすため、当初の土地の表示を更正して現況土地目録と登記簿上土地目録とを併記して土地の表示を更正することは、明白な誤謬として許さるべきところであるというべく、控訴人の証拠によるも、両者全然別異の土地であると認めることができず、又この点に関し控訴人に錯誤があつたと認めうべき証拠もない。ただ原審における検証の結果、原審証人渡辺斧成、並木理佐の証言及びこれら証言によりその成立を認めうべき甲第九、第十号証の各一ないし三によれば、本件一八二七番の一三の大部分及び同番の一九の一部は道路になつていること、及び同番の一三の内四坪七合は並木理佐において、同一坪二合は渡辺斧成において、それぞれ控訴人から賃借していることが明らかであつて、右事実と前段認定の本件調停成立にいたるまでの経過に徴するときは、控訴人は少くとも並木理佐、渡辺斧成に賃貸している部分は本件売買の目的に含まれていないと思つていたのかも知れないのであるが、これは売り渡した土地の範囲、すなわち売渡土地が現実どの部分に該当しどの範囲に及ぶかの問題であつて、他日適当に調整すれば足るべく、これがため契約全体を要素の錯誤として無効ならしめるにはあたらない。
最後に控訴人は、少くとも本件更正決定後の調停調書の正本に基ずく本件所有権取得登記は違法であつて許すべきでないと主張してその理由として三点をあげている。しかしながら決定又は命令は告知によりその効力を生ずると共に即時に執行力を生ずるのが原則であり、これに対し抗告の提起があるときは民事訴訟法による即時抗告に限り執行停止の効力を有するものであるけれども、現実の執行の開始、続行は同法第五百五十条所定の書面を提出しない限り、停止取消を求めえないものであるところ、抗告人が本件更正決定に対し東京地方裁判所に即時抗告をなしたが却下せられたので、さらに当裁判所に再抗告をなし目下係属中であることは、成立に争ない甲第二十号証の一、二により明らかであるので、従つて本件更正決定はまだ確定しないものであるけれども、成立に争ない甲第五号証の一ないし七によれば、被控訴人は、右控訴人の即時抗告申立前、昭和二十六年八月一日本件更正後の調停調書正本に執行文の付与を受け、同年同月四日これに基ずき本件所有権移転登記をなした事実が認められるので、その後において即時抗告の申立のあつた事実は何ら右登記の効力に影響を及ぼすものでないものというべく、又、調停調書の更正決定はその基本たる調停調書と一体をなすものであり、一通の登記申請書を以て数筆の土地につき登記をなすこともできないのであるから、本件調停調書及び更正決定の各正本につき数通下付の手続をなすの要なく適法に裁判長の命令による執行文の付与のあつたことは前示甲第五号証の二ないし五により明らかであり、又本件土地の表示に「上ノ原」なる記載を遺脱したからといつて、土地の同一性に争のない以上登記の効力に何ら影響を及ぼすものでないので、控訴人の右主張はすべて理由がない。
果して然らば、本件第一目録記載の土地は本件調停により被控訴人の所有に帰したものであつて、本件所有権取得登記に何ら違法の点なく、又被控訴人に右調停条項第四項所定の不履行の点がないので、控訴人の本訴請求はすべて理由なしとして棄却すべく、右と同趣旨に出た原判決は相当であつて控訴人の控訴は理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 大江保直 岡咲恕一 猪俣幸一)